〈大井貞隆〉最期 — 幽閉死か、自害か、処刑か

(1)甲府で幽閉死説(田中豊茂『信濃中世武家伝』等)、(2)晴信の逆鱗に触れ自刃説、(3)処刑説が併存。没年月日・墓所を示す史料はどの説にもない。「天文16年に貞隆父子が出仕を許された」かの記述は、大井貞清・貞重父子の出仕との混同の可能性が高い。根拠: 各説とも二次的な系譜・軍記系記述で一次史料なし。

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