〈板垣信方〉甘利虎泰との「両職」体制

「両職」の語の初出は江戸後期の地誌『甲斐国志』。一次史料で在職が確認できるのは天文20年(1551)の子息世代(坂名井家文書)で、父の代への遡及の可能性がある。ただし二人が晴信初期の家臣団の双璧だったこと自体は署判順などから支持される。

関連