〈小笠原貞慶〉貞慶が松本城の天守を建てた

貞慶が城の改修と城下整備(町割り・商工業者の掌握・寺社配置)を進めたことは発給文書や『松本市史』から認められる。だが現存する国宝天守は石川数正・康長父子期(1590年代)の建造が通説。「貞慶=城下町の骨格、石川氏=天守」という役割分担で理解するのが現在の通説である。

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