〈佐野宗綱〉須花坂で挑発に乗り単騎駆け、鉄砲に撃たれて討死

本ページのもう一つの目玉検証。天正13年(1585)正月に彦間・須花坂方面で長尾顕長方と交戦し戦死したことは、顕長側の記録や佐竹方の書状から確実視される。しかし「挑発に乗り単騎で突出→鉄砲で狙撃→落馬したところを討ち取られた」という劇的描写の初出は佐野系軍記・近世地誌で、一次文書では確認できない。「元旦」の日付も軍記・系図類由来の面があり、佐野市の解説には「天正14年頃」とする異伝すらある。

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