〈蠣崎慶広〉朱印状をアイヌ語に訳し「背けば十万の兵」と告げた

帰国した慶広がアイヌの首長を集め、朱印状をアイヌ語で読み聞かせ「背けば太閤が十万の軍勢で来る」と告げたという記事は『新羅之記録』由来。天下人の文書を「見せる」統治手法自体の蓋然性は低くないが、「十万」の文言は家伝の演出で、この時点の実効支配は道南に限られる。アイヌ側から見れば、対等な交易相手が「支配者」を名乗り始めた転換点である。初出:『新羅之記録』。

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