〈斯波詮直〉高水寺城落城——駆けつけたのはわずか50騎

1588年頃の南部信直による斯波領併合は、天正18年(1590)の豊臣政権による南部内七郡安堵(紫波郡含む)から逆算しても大枠で史実。ただし落城年には天正14年(1586)説もあり、「戦わず城を放棄して逃亡」とする所伝と「義長ら50騎が籠って玉砕」とする所伝では落城の様相自体が食い違う。兵数「50」も編纂物由来で、劇的な籠城戦のイメージは脚色の可能性がある。初出:南部藩側編纂物、『鹿妻穴堰開発史』所収所伝。

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