〈伊集院忠棟〉根白坂の戦い(1587)でわざと進軍しなかった

右軍を任された忠棟が「合図が聞こえなかった」として全く進軍せず敗北の一因になったとされる。初出は延宝4年(1676)成立とされる『庄内軍記』系統の島津側編纂史料で、「国賊」として描く事後的バイアスが強く、同時代史料の裏付けはない。敗戦自体は史実(義弘ページと同一判定)。

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