〈小早川秀秋〉開戦と同時に東軍として参戦した

慶長5年9月17日付石川康通・彦坂元正連署書状など一次史料の分析から、白峰旬氏は「開戦は午前10時頃、秀秋らは開戦とほぼ同時に参戦し西軍は短時間で崩壊」と結論。前日に西軍の伊藤盛正を追い出して松尾山を占拠した行動自体が事実上の東軍だったとも。ただし離反の正確な時刻には本多隆成・笠谷和比古氏らの再反論もあり、議論は継続中。

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