〈一柳直末〉宗閑寺に敵味方の墓が並ぶ

山中城三の丸跡の宗閑寺には、北条方の松田康長・間宮康俊ら間宮一族の墓と豊臣方の直末の墓が並んで立つ。直末の墓は当初戦死地の笹原新田にあり、元禄11年(1698)子孫の小野藩主・一柳末礼が改葬したことまで文書で追える。「呉越同舟の墓」として知られる。初出は三島市郷土資料館「歴史の小箱」第335号、『一柳家史紀要』附録。

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