〈石川家成〉74歳(数え)での大垣藩主復帰
慶長12年(1607)、初代大垣藩主康通の死去を受け、1580年に隠居して27年を経た家成が家督に復帰し第2代藩主となったことは大名家譜上の事実。孫の忠義が幼少だったための中継ぎで、高齢のため幕政・藩政への関与はほとんどなかったとされる。一度隠居した老臣を再び大名に立てるのは異例で、石川家の家名を保全しようとする家康の配慮と解されている。
慶長12年(1607)、初代大垣藩主康通の死去を受け、1580年に隠居して27年を経た家成が家督に復帰し第2代藩主となったことは大名家譜上の事実。孫の忠義が幼少だったための中継ぎで、高齢のため幕政・藩政への関与はほとんどなかったとされる。一度隠居した老臣を再び大名に立てるのは異例で、石川家の家名を保全しようとする家康の配慮と解されている。