〈小笠原長時〉林城は「戦わずして落ちた」

『高白斎記』は天文19年(1550)7月15日、武田軍の筑摩進出により林城など小笠原方諸城が「自落」(放棄)されたと記す。ただし塩尻峠以降、犬甘氏ら府中周辺の国衆が次々に寝返っており、籠城が成立しない状況での戦略的放棄と見るのが近年の理解である。

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