〈佐野宗綱〉叔父・天徳寺宝衍が秀吉の下で家を再興した

宝衍(佐野房綱)は出奔後に秀吉へ仕え、天正18年(1590)の小田原征伐で先導役として功を挙げて唐沢山城へ復帰。富田信種(佐野信吉)を養子に迎え、天正20年(1592)に家督を譲った。宗綱の娘が信吉に再嫁し、女系の血脈が近世佐野藩へつながる。『佐野市史』・佐野市文化財課解説・諸研究で一致する経緯である。

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