甘粕景継
あまかす かげつぐ 1550〜1611
上田長尾家譜代の家臣・登坂加賀守清高の子。上杉謙信の指示で甘糟家の名跡を継ぎ、景勝から偏諱「景」を受けた。護摩堂・五泉・酒田東禅寺・白石と要地の城将を歴任。慶長5年(1600)、留守中の白石城を伊達政宗に奪われるが、米沢移封後も侍組6,600石で処遇され、江戸城桜田門普請の頭取を務めて将軍家から褒賞を受けた。
ゆかりのお城
甘粕景継の逸話
- 〈甘粕景継〉景勝の信任 — 上田衆出身の股肱の臣
- 〈甘粕景継〉甘粕姓の由来 — 景持とは別人・別家
- 〈甘粕景継〉白石城失陥 — 兼続書状が示す「攻撃6日前の不在」
- 〈甘粕景継〉江戸城桜田門普請の頭取 — 将軍家からの褒賞
- 〈甘粕景継〉酒田の民政 — 水路開削・米倉・開田
- 〈甘粕景継〉なぜ城を留守にしたのか
- 〈甘粕景継〉留守居・登坂勝乃と城内の悲劇
- 〈甘粕景継〉「故あって自害」— 最期の謎
- 〈甘粕景継〉次男ルイス信綱の殉教と列福(2007)
- 〈甘粕景継〉「五十公野城主」だった
- 〈甘粕景継〉「死罪になりかけた」「兼続配下に左遷され冷遇された」
- 〈甘粕景継〉家康の2万石勧誘を「二君にまみえず」と断った
- 〈甘粕景継〉「長谷堂の撤退戦で汚名返上した」