穴山梅雪
あなやま ばいせつ 1541〜1582
甲斐河内領主・穴山信友の嫡男。母は信玄の姉、妻は信玄の娘という二重の姻戚をもつ御一門衆筆頭として、駿河江尻城代・対徳川外交の取次を務めた。天正10年(1582)2月末、織田・徳川方に内応。武田氏滅亡の3か月後、本能寺の変に巻き込まれ、堺からの帰国途上で横死した。
あなやま ばいせつ 1541〜1582
甲斐河内領主・穴山信友の嫡男。母は信玄の姉、妻は信玄の娘という二重の姻戚をもつ御一門衆筆頭として、駿河江尻城代・対徳川外交の取次を務めた。天正10年(1582)2月末、織田・徳川方に内応。武田氏滅亡の3か月後、本能寺の変に巻き込まれ、堺からの帰国途上で横死した。