〈北条氏政〉弟・氏照とともに城下で切腹した

天正18年7月11日、開戦責任者として秀吉に処断を命じられ、小田原城下の医師・田村安栖宅で切腹(「寛政重修諸家譜」田村安栖家系譜など)。家康らの助命嘆願は容れられなかった。介錯は弟・氏規とする伝えもある。氏直は家康の婿として助命され高野山へ送られた。

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