〈北条氏綱〉娘を古河公方に嫁がせ「公方の外戚」となった

天文8年(1539)、娘(芳春院殿)が足利晴氏に入嫁し「御台様」と称された。天文12年(1543)に義氏(のち5代古河公方)を出産(『鎌倉公方御社次第』により確定。天文10年説は後世系図の誤り)。北条氏はこれで足利氏「御一家」の身分を獲得し、関東支配正当化の柱とした。

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