〈千葉邦胤〉北条氏政の娘を正室に迎えた
胤富書状に「以遠山丹波守、小田原江縁辺之儀申入候キ」とあり、江戸城代・遠山丹波守を介した縁談が戦乱で長く停滞していたことが一次史料で確認できる。婚姻成立後、千葉氏は北条氏の軍事動員に恒常的に応じ、従属は制度化された。婚姻の正確な年月や院号には異同がある。初出:胤富書状(年未詳)・『千学集抜粋』。
胤富書状に「以遠山丹波守、小田原江縁辺之儀申入候キ」とあり、江戸城代・遠山丹波守を介した縁談が戦乱で長く停滞していたことが一次史料で確認できる。婚姻成立後、千葉氏は北条氏の軍事動員に恒常的に応じ、従属は制度化された。婚姻の正確な年月や院号には異同がある。初出:胤富書状(年未詳)・『千学集抜粋』。