〈千葉邦胤〉家臣に額を斬られて死んだ

『本土寺過去帳』と『千学集抜粋』(いずれも同時代性の高い記録)が、天正13年(1585)5月7日に「一鍬田(孫)五郎」が「狂乱」して邦胤の額に斬りつけ、死去したことを一致して伝える。犯人の実名・日付・場所(本佐倉城)まではここが確実。動機を語る一次史料は「狂乱」の一語のみ。初出:『本土寺過去帳』『千学集抜粋』。

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