〈長野業正〉上杉謙信(長尾景虎)の関東出兵に呼応した
上杉方に参じた関東諸将の陣容を記した同時代史料「関東幕注文」(上杉家文書)の三番目に箕輪長野氏が記載され、白井・総社両長尾氏に次ぐ序列でいち早く呼応したことが裏付けられる。業正の事績の中で最も確実な部類。永禄4年6月10日付近衛前嗣書状の「箕輪」病気の記述も、上杉陣営内で業正の動静が注視されていた証左である。
上杉方に参じた関東諸将の陣容を記した同時代史料「関東幕注文」(上杉家文書)の三番目に箕輪長野氏が記載され、白井・総社両長尾氏に次ぐ序列でいち早く呼応したことが裏付けられる。業正の事績の中で最も確実な部類。永禄4年6月10日付近衛前嗣書状の「箕輪」病気の記述も、上杉陣営内で業正の動静が注視されていた証左である。