〈大友義統〉キリシタン受洗と棄教

天正15年(1587)4月、黒田孝高の勧めで妻子とともに受洗(洗礼名コンスタンチノ)、わずか2ヶ月後のバテレン追放令で棄教したことはイエズス会史料で確実。常陸配流後に再びキリシタンに戻ったという話は同時代史料がなく未詳——伝説・俗説の域を出ない。

関連