〈甲斐宗運〉御船城を40年守った最前線の経営者

天文10年(1541)の城主就任と死没までの長期在城は諸史料・地元史料で一致し確実。御船は緑川水系の水運と街道の結節点で、熊本平野と八代方面の双方に睨みを利かせる要地だった。ただし宗運段階の具体的な城下経営を語る一次史料は乏しく、細部は不明とするのが誠実。城跡は現在、御船城山公園となっている。

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