〈安東実季〉秋田杉の運上 — 「木材大名」の顔

太閤検地で旧領の約3分の1(約2万6,000石)が太閤蔵入地とされ、実季が代官となった。狙いは米より秋田杉の運上にあったとみられ(今村義孝の研究)、文禄2年(1593)の安宅船船材から慶長2年(1597)以降の伏見作事板(太閤板)まで恒常化。土崎湊・能代湊の整備とあわせ、秋田杉が「日本三大美林」へ至る出発点に実季がいる。初出:『秋田家文書』運上関係文書。研究: 今村義孝『秋田県の歴史』。

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