〈最上義光〉57万石への大加増 — 「家康に天下を取らせた男」
慶長6年(1601)、自力で奪回した庄内3郡と由利郡を加増され出羽山形57万石となったことは徳川方の知行宛行から確認できる(内訳計算には53万石説など異同あり)。本戦に参加せず防衛戦だけでこの大加増を得たのは、上杉軍主力を北に釘付けにした戦略的価値を家康が高く評価した証左とされる。
慶長6年(1601)、自力で奪回した庄内3郡と由利郡を加増され出羽山形57万石となったことは徳川方の知行宛行から確認できる(内訳計算には53万石説など異同あり)。本戦に参加せず防衛戦だけでこの大加増を得たのは、上杉軍主力を北に釘付けにした戦略的価値を家康が高く評価した証左とされる。