〈芦名盛興〉二階堂盛義を降し、その子盛隆を人質に取った
永禄8〜9年(1565〜66)、二階堂盛義が蘆名父子に敗れて降伏し、嫡男盛隆を人質として会津に送ったことは双方の事績として広く確認される。この人質こそが、8〜9年後に盛興の跡を継ぐことになる。当時それを予期した者は誰もいない。
永禄8〜9年(1565〜66)、二階堂盛義が蘆名父子に敗れて降伏し、嫡男盛隆を人質として会津に送ったことは双方の事績として広く確認される。この人質こそが、8〜9年後に盛興の跡を継ぐことになる。当時それを予期した者は誰もいない。