〈芦名盛氏〉人質だった盛隆を当主にした

永禄9年(1566)、二階堂盛義が降伏時に嫡男・盛隆(当時6歳前後)を人質として差し出した。盛興死去を受け、盛氏は盛隆に盛興未亡人・彦姫を娶らせて養嗣子とし、第18代当主とした。人質が主家の当主になるという戦国でも稀有な事例。ただし二階堂出身の当主への譜代重臣の反発が盛氏死後に表面化し、家中分裂の遠因となった(反発の度合いの評価は諸説)。

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