〈北郷時久〉悔恨の社——兼喜神社

後に相久の無実を知った時久が、その霊を若宮八幡として祀ったことが現存する兼喜神社(都城市都島町)の由緒として伝わる。神号は慶長13年(1608)霊八幡、明暦元年(1655)兼喜明神、天和2年(1682)正一位兼喜大明神と変遷。「息子を神に祀った父の悔恨」を今に伝える神社の存在自体は史実であり、悔恨の心情描写は由緒に基づく諸説である。

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