〈後藤貴明〉横瀬浦焼き討ちへの関与(1563)

純忠が開いた日本初期の南蛮貿易港・横瀬浦の焼亡は『フロイス日本史』が8月15日(旧暦7月27日)の出来事として記録。大村家中クーデターと連動して貴明が横瀬浦奉行・針尾伊賀守を内応させたとするのが通説である。ただし実行主体を大村家中の反乱勢力とみるか後藤勢の直接攻撃とみるかは資料により記述差があり、細部は諸説。

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