〈松浦隆信〉福田浦のポルトガル船を襲撃した(1565)

横瀬浦焼失後、隆信は自ら南蛮船の平戸再入港を請い教会も再建した(1564)。それでも船が大村領・福田浦へ移ると、松浦の兵船が襲撃して撃退された(福田浦の戦い)。「横瀬浦は焼いていない(証拠がない)が、福田浦は攻めた」——貿易奪回への執念を正確に書き分けるべき局面である。

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