〈大村純忠〉横瀬浦を開港し、1年で焼かれた

宮ノ前事件(1561)後、永禄5年(1562)に横瀬浦を開港。商人への10年免税に加え「仏教徒は居住させない」という条件まで付けたことがイエズス会士書翰に残る。翌年、後藤貴明に呼応した重臣層の叛乱で港は焼失した。最初期から信仰と通商が排他的に結びついていたことを示す事実で、美談ではなく後の強制改宗路線の予兆である。

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