〈田原親賢〉改易後も義統から離れなかった

豊薩合戦での義統護送、宗麟葬儀への出席、義乗の秀吉謁見への随行が確認され、文禄2年(1593)の義統改易に伴い自らも所領を没収された。豊臣直臣2,900石余として再起した身でありながら、慶長5年(1600)に旧主が挙兵するとこれに馳せ参じた。「無能な佞臣」像とは裏腹に、二代にわたる忠誠は史実の側から支持される。

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