〈伊東義益〉「浮舟城」の若き城主

都於郡城は建武2年(1335)の伊東氏日向下向以来242年にわたる本拠で、霧に浮かぶ姿から「浮舟城」の異名を持つ(国指定史跡)。義益は1560年の家督相続で城主となり、1569年に城下の岩崎稲荷参籠中に死去した。「都於郡とともにあった当主」という描写は妥当。ただし幼少期の居所など細部は史料で確認できない。初出:『日向記』、西都市等の都於郡城解説。

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