〈三木直頼〉直頼の基盤が三代で飛騨統一に届き、そして滅んだ

良頼は弘治2年(1556)古川姉小路高綱を滅ぼし、永禄3年(1560)姉小路名跡を継承、永禄5年(1562)従三位に昇る(中納言任官は二度拒否され、以後勝手に自称した)。孫の自綱は天正7年(1579)松倉城へ本拠を移し、天正10年(1582)八日町の戦いで飛騨をほぼ統一。だが天正13年(1585)金森長近の侵攻で降伏し、桜洞城も落城。直頼死後31年で興亡の全過程が完結する。

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