〈一条兼定〉旧臣・入江左近による暗殺未遂
戸島の兼定が旧臣で縁者の入江左近に襲われ瀕死の重傷を負った事件は、フロイス『日本史』・イエズス会日本通信が詳しく伝える。フロイスによれば左近は長宗我部方に通じての凶行だったが、元親は「主君に刃を向けた大罪」を理由に左近を処刑したという皮肉な結末まで記録される。年次は1577年頃説が有力(「重傷後8年間の信仰生活」と没年1585が整合)。
戸島の兼定が旧臣で縁者の入江左近に襲われ瀕死の重傷を負った事件は、フロイス『日本史』・イエズス会日本通信が詳しく伝える。フロイスによれば左近は長宗我部方に通じての凶行だったが、元親は「主君に刃を向けた大罪」を理由に左近を処刑したという皮肉な結末まで記録される。年次は1577年頃説が有力(「重傷後8年間の信仰生活」と没年1585が整合)。