〈大野治長〉関ヶ原で東軍として戦った

慶長5年7月24日に赦免され、本戦で東軍先鋒・福島正則隊に属したことは史実。宇喜多隊の鉄砲頭を討ち取ったとする武功は『関原軍記大成』(1713年成立の軍記)由来で諸説。「豊臣恩顧の佞臣」像と異なり、治長は一時期明確に徳川方で行動し、戦後は家康の書簡を携えて大坂への使者まで務めた。

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