〈増田長盛〉太閤検地の実務を担った

天正18年(1590)の安房差出検地、天正19年(1591)の長束正家との近江検地、慶長2年(1597)の安房総検地など、検地施行と知行宛行状発給が史料上確認できる(斎藤司「豊臣期関東における増田長盛の動向」1984ほか)。「全体の設計者」は誇張だが、主要な実施責任者の一人であったことは確実。

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