〈増田長盛〉200石から20万石へ — 吏僚の異例の出世

天正元年(1573)に200石で長浜の秀吉に仕え、最終的に大和郡山20万石・五奉行に至った経歴は諸記録で裏付けられる。天正10年(1582)の『兼見卿記』に奏者としての活動が見え、以後の検地・取次・架橋は発給文書で確認できる。ただし出仕の経緯(浅井旧臣説・地侍説など)の細部は諸説。

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