〈溝口秀勝〉上杉遺民一揆を東軍方として鎮圧した

慶長5年、直江兼続の工作によるとされる越後の大規模蜂起(鉄砲2000・雑兵6000と伝える史料も)に対し、秀勝は自領阿賀北方面の鎮定を担った。鎮圧の主力は堀氏で、記録に残る大規模戦闘は堀直寄らの事績が中心。秀勝の働きは戦後の所領安堵という結果からも裏付けられるが、華々しい合戦譚として誇張しないのが誠実である。初出級史料は木村徳衛『直江兼続伝』所引文書。

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