〈浅野幸長〉「賤ヶ岳の後」の第二世代武断派

清正・正則ら「七本槍」世代より一回り若く、初陣は小田原征伐(1590)。七将では最年少格ながら、蔚山の実戦経験と家格(北政所縁戚・五奉行嫡男)で対等に列した。なお「武断派/文治派」の二分法自体は後世の整理概念で、実態は朝鮮の役の論功・査定を巡る利害対立とみるのが近年の研究動向。父・長政ページ(奉行側)との対比で読んでほしい。

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