〈蜂須賀家政〉大坂の陣の武功で淡路一国を加増された

家政が豊臣方の誘いを拒み家康に密書を提出、江戸で恭順したことは諸史料に見える。至鎮は木津川口・博労淵で砦を奪取し、本町橋の夜戦では塙直之の夜襲を退け、7人の家臣に感状が与えられた(「阿波の七感状」)。戦後の淡路加増で25万7,000石となり、淡路は明治維新まで徳島藩領であり続けた。『享保名物帳』はこの時の下賜刀を「順慶左文字」と載せる。

関連