〈蜂須賀家政〉蔚山で清正を救援したのに処罰された

南原城・蔚山城の戦いでの救援は諸史料で確認できる。その後、追撃不十分と戦線縮小案の上申が秀吉の逆鱗に触れ、軍目付の讒訴もあって蟄居・蔵入地没収となった。軍目付が島津氏に宛てた報告書など同時代史料で裏付けられ、翌年に秀忠が戦功を称えた書状、慶長4年の五大老連署状による名誉回復も現存する。家政の生涯の転換点である。

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