〈前田利長〉隠居は引退ではなかった — 「隠居政治」

慶長10年(1605)、44歳での家督譲渡は史実だが、実態は若年の利常を後見して藩政を指揮し続ける「隠居政治」だった(萩原大輔氏、2015)。早期譲渡の動機は、珠姫を正室とする利常への継承を徳川政権下で早く既成事実化する狙いとみられる(解釈は諸説)。晩年には隠居領10万石を返納し、自ら存在感を薄めていった。

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