〈足利義昭〉「御父織田弾正忠殿」と副将軍打診

上洛直後、義昭が信長への感状で「御父織田弾正忠殿」と記したことは現存文書で確認できる(永禄11年10月)。副将軍・管領への就任打診(信長は辞退)も『言継卿記』などから知られる。「信長は最初から幕府を利用し捨てるつもりだった」という解釈は近年否定的で、この時期の信長は幕府再興に実質的に協力していた。

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