〈京極高吉〉受洗数日後の急死と「神仏の罰」の風聞

年報に「それより数日後、我らの主が父親を御許に召し給うた」「父の死は神と仏の罰によるものと考えて非常に畏れた」とあり、フロイスも同趣旨を記す。急死の事実と仏罰風聞は同時代一次史料で確認できる。息子・家人の改宗が頓挫したという教会側に不利な内容まで年報が正直に記している点は、記述の信頼性を高める。

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