〈京極マリア〉受洗直後に夫が急死し「神罰」と騒がれた

初出は1582年2月15日付ガスパル・コエリョ書簡「1581年度日本年報」。受洗の数日後に高吉が死去し、周囲が「神と仏の罰」と畏れて改宗が頓挫したこと、マリアただ一人が信仰にとどまったことを具体的に記す。死因自体は不明で、高吉を70代後半とする説に従えば自然死として不自然でない。教会に不利な「改宗頓挫」まで正直に書く点が記述の信頼性を高めている。

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