〈三好長慶〉将軍を二度追放し、二度とも殺さなかった

1553年と対立のたびに追放しながら、長慶はついに義輝を殺さず、1558年の和睦後は御相伴衆として幕府儀礼の中で共存した。将軍義輝を殺した永禄の変(1565)は長慶死去の翌年、三好義継・三人衆・松永久通らによる事件で、長慶は無関係。「殺さない」政治手法を長慶の特徴とみる評価が近年は多い。

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