〈徳川秀忠〉天皇の勅許を幕府法度で無効にした
紫衣事件(1627–29)で、後水尾天皇が幕府に諮らず与えた紫衣勅許を禁中並公家諸法度違反として無効化し、抗議した沢庵らを流罪とした。将軍は家光だが大御所秀忠期の政策で、「幕府法度が勅許に優越する」ことを示した画期。娘・和子の入内(1620)と外孫・明正天皇の即位(1630)も同時代史料で確認できる史実である。
紫衣事件(1627–29)で、後水尾天皇が幕府に諮らず与えた紫衣勅許を禁中並公家諸法度違反として無効化し、抗議した沢庵らを流罪とした。将軍は家光だが大御所秀忠期の政策で、「幕府法度が勅許に優越する」ことを示した画期。娘・和子の入内(1620)と外孫・明正天皇の即位(1630)も同時代史料で確認できる史実である。