〈真田信之〉93歳で家督騒動を収拾した

万治元年(1658)、家督を継いだ信政が急死すると、孫の信利が幼い幸道の相続に異議を唱えて幕府に訴え、縁戚大名を巻き込む騒動に。信之は93歳で藩政に復帰して収拾し、幸道の3代藩主就任が確定(沼田領は分立)。その約半年後に死去した。この一件が幕府の隠居容認策の契機になったとの研究もある(福田千鶴1998)。

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