〈武田信虎〉上洛して将軍に仕えた
『言継卿記』により、永禄元年(1558)以降、京都に邸を構えて在京前守護として将軍足利義輝に出仕し、「外様」「大名」の高い席次にあったことが確認できる。信長上洛後は義昭に出仕し、元亀4年(1573)には義昭の命で甲賀へ派遣された(『細川家文書』)。『甲陽軍鑑』が再上洛を桶狭間以降とするのは誤り。
『言継卿記』により、永禄元年(1558)以降、京都に邸を構えて在京前守護として将軍足利義輝に出仕し、「外様」「大名」の高い席次にあったことが確認できる。信長上洛後は義昭に出仕し、元亀4年(1573)には義昭の命で甲賀へ派遣された(『細川家文書』)。『甲陽軍鑑』が再上洛を桶狭間以降とするのは誤り。