〈佐竹義宣〉三成への恩義は実在した

慶長2年(1597)、従兄弟の宇都宮国綱改易に連座しかけた佐竹家が三成の取りなしで処分を免れたことは、義宣自筆の書状(「佐竹文書」、義重宛慶長2年10月7日付)で確認できる。救出譚の背景にある恩義は、脚色ではなく一次史料に残る史実である。

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