〈斎藤義龍〉信長は義龍存命中、美濃を攻めきれなかった

長良川直後の大良河原で信長軍を撤退させ、永禄3年(1560)6月の美濃侵入も撃退。義龍は信広・信勝ら信長の兄弟への調略(書状で確認できる)で家督まで揺さぶった。義龍存命中に信長が美濃で得た成果は皆無に近く、攻略が進展するのは義龍死去の直後からである。『信長公記』および書状類、木下聡氏の研究による。

関連